加藤智大の生い立ち、母親、弟の死因、実家、名言

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加藤智大の父親

児童虐待など「親の資格」を問われるような事件が頻発する一方で、子供の罪に向き合い、極限の生活をしている親がいる。10年前に秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大死刑囚(35才)の父親(60才)である。

青森県青森市の閑静な住宅街の中で、事件発生以来引っ越すこともなく暮らしている加藤死刑囚の父。

「近所づきあいが一切なく、話すこともない」
「夜でも電気すらつけていない。本当に生きているのかと思うこともある」
「ろうそくを灯して生活しているらしい」

近隣住人がこう口を揃えるように、他者とかかわらずに生きることを選んだ父親は、地域内ではいまだ“異質の存在”として浮いていた。

「でも、そうやって社会から離れつつ、町内会費だけはちゃんと納めてくれるんです。せめてもの償いなのでしょうか…」(近隣住人)

加藤死刑囚の弟は2014年に自殺し、母親は事件後に入院した。事件を境に、文字通り崩壊した家族の人生。仕事から帰宅した父親に話を聞いた。

──事件から10年という節目を迎えました。
「とくにお話しすることはありません。誰にも、なにも、話さないように暮らしていますので」

──どのような思いで事件当日を迎えましたか?
「いや、なにも…」

──昨今、同じような連続殺傷事件も起きています。
「…」

うつむきながら沈黙する父親だが、次の質問を向けると、応対が変わった。

──10年経って、今でも事件を思い出すことはありますか?
「…10年って、みなさんはそうやって節目、節目、と言いたがりますよね。でもね、私にとって10年経った、などという数字はなんの意味もないんです。私だけでなく、被害者のかたがたも含めて」

──今年はとくにそういった報道が多かったですが?
「いえ、新聞やテレビなどの報道は、一切なにも見ないようにしています」

──息子さんとはお会いしていないのですか?
「会っていないです」

──それはなぜ?
「…」

──弁護団とも会っていないのですか?
「はい、会っていません」

そう話すと、頭を下げて自宅に戻っていった。呪いたくなるほど重い運命を背負いながら、それでも生きる親の姿がそこにあった。

※女性セブン2018年7月12日号

秋葉原事件・加藤智大の父「10年という節目の数字に意味ない」
 児童虐待など「親の資格」を問われるような事件が頻発する一方で、子供の罪に向き合い、極限の生活をしている親がいる。10年前に秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大死刑囚(35才)の父親(6…

加藤智大の実家は

加藤死刑囚の父親は事件から10年経った現在でも、青森市の実家に変わらず住んでいるのだそうです。

ただ、マスコミなどのこともあってか元妻と同じくカーテンを閉め切り、真っ暗な中で生活しているとのこと。

被害者の家族は勿論、加害者の家族も今でも苦しみ、出来るだけ社会と関わることの無いよう生活しています。

加藤智大の名言

「ちょっとしたことでキレる」 幸せな人がよう言う。 ギリギリいっぱいだから、ちょっとしたことが引き金になるんだろ。

 

「死ぬ気になればなんでもできるだろ」 死ぬ気にならなくても何でもできちゃう人のセリフですね。

 

「誰でもよかった」 なんかわかる気がする。

 

考え方が変わったって顔は変わらない。

 

顔が良くても性格が悪かったら長続きしない? その通りだよ。 不細工は始まりすらしないんだよ。

 

いいよな。 イケメンは不幸話をすればみんなが同情してくれるもんね。

 

また長い一日が始まる。 ただただ苦痛なだけ。

 

まだ始まってないけど、終わりでいいや。

 

「無事故で帰ろう。あなたを待ってる人がいる」 安全標語だそうで。 バカにされてる気分です。 待ってる人なんか居ない。 俺が死ぬのを待ってる人はたくさんいるけど。

 

俺にとってたった一人の大事な友達でも、
相手にとっては100番目のどうでもいい友達なんだろうね。
その意識のズレは不幸な結末になるだけ。

 

人を救うのは人。 救ってくれる人を得るには金がいる。 結局、人を救うのは金。

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