林真須美の息子、次女、絵、夫、保険会社、生い立ち、和歌山カレー事件

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林真須美は、和歌山毒物カレー事件の犯人として逮捕された女。

和歌山毒物カレー事件とは

和歌山毒物カレー事件(わかやまどくぶつカレーじけん)とは、1998年(平成10年)7月25日夕方に和歌山県和歌山市の園部地区で行われた、夏祭りにおいて提供されたカレーに毒物が混入された事件である。和歌山カレー事件とも呼ばれる。無職の女が犯人として逮捕され、2009年(平成21年)5月18日には、最高裁判所にて死刑が確定し、拘置所に収容されている。

林真須美の生い立ち

林真須美被告の子ども時代と両親
林真須美被告は、小さな漁村で3人兄弟の末っ子として生まれます。一人娘でした。

父親は地味な人でした。母親は、外向的でまめな性格で、保険の外交員として活躍しました。

小さいころの真須美被告は、ごく普通のかわいい子どもでした。両親ともに忙しく、あまり遊んではもらえなかったかもしれませんが、経済的な不自由はなく、当時この地域としてはめずらしくピアノも買ってもらい、小遣いも十二分にもらっていました。よく家の手伝いもするよい子だったようです。子ども時代の彼女を知る人々は、「明るい子」だったと語っています。同時に、「負けず嫌い」だったとも多くの人が言っています。

林真須美被告の思春期・.青年期
思春期になった真須美被告は、やせていて、どちらかといえば、内気で恥ずかしがり屋の清純な女の子でした。

その一方で、負けず嫌いの激しい性格の一面ははむしろ強まっていきます。テストで悪い点をとったときなどは、悔しくてたまらなかったようです。いつもは笑顔でおだやかなでしたが、怒ったときには、まわりが驚くほどヒステリックになり、収まりがつかなくなりました。

林真須美被告の看護学校時代と健治被告との出会い
高校卒業後は、大学付属の看護学校に入学します。看護学校の2年生になった19歳の時、真須美被告は後に夫となる建治被告と知りあいます。

当時彼女は、看護学校の寮に入っていましたが、しつけや規則の厳しい寮生活で、窮屈な思いをしていたようです。「こんな生活は嫌だ。自由が欲しい」と彼女は語っています。

建治被告は、シロアリ駆除会社を経営する当時35歳の会社社長。結婚もしていましたが、派手な車で真須美被告を迎えに来ては、20万円のネックレスをプレゼントしたりしています。建治はギャンブラーであり、百万単位の儲けを出すこともありました。19歳の真須美にとっては、見たことのないような大金の札束が右から左へ動きました。

真須美は、しだいに建治に魅かれていきます。自分を束縛から解放し、自由にしてくれる男性に見えたのでしょうか。

林真須美被告の結婚生活そして、保険金詐欺、カレー毒物事件
建治は妻と離婚し、1983年、真須美の卒業後すぐに真須美と結婚しました。建治にとっては、3度目の結婚でした。

しかし、二人の新生活の第一歩である結婚式から、トラブルが起こります。披露宴での行き違いから、建治は「てめえ、おれをコケにするつもりか! 恥をかかせやがって!」と、新妻の真須美を平手で殴りつけたのでした。二人の結婚生活はこうして始まりました。

2人の生活は、家賃3万円の3部屋のアパートから始まります。真須美も働きはじめます。ウエイトレス、化粧品販売。結婚の翌年1984年には、新築一戸建ての家を3500万円で購入しました。このときには、普通の住宅ローンを組んでいました。この年、長女が生まれ、85年には次女を出産しています。

さて、この後、真須美の周りでさまざまな事件事故が発生します。保険金詐欺を行い、大金を手に入れていったのです。

1995年には、園部地区にある120坪の家を7000万円で購入します。

この年の10月、真須美の母親が「急性白血病による脳出血」で死亡。67才でした。真須美は、保険金1億4000万円を手にしています。

1998年2月には、高級リゾートマンションの最上階を購入する契約をしています。同年3月 保険金目的で、知人にヒ素入りうどんを食べさせます。(殺人未遂罪)。そして、この年、1998年7月25日。カレー毒物事件が起こりました。4人を殺害、63人をヒ素中毒にしました(殺人、殺人未遂罪)。

真須美は、結婚してから変わったと言われています。大金が入った彼女は、「身に付いたぜいたくは直らないよねえ。つい、どんどん買っちゃって…..」と語っています。

しかし、次々と贅沢な買い物を行い、また真須実が掛けていた40件を越す保険料の支払いは、毎年2000万円を越えていました。そしてあの夏祭りの日、カレー鍋に毒を入れたのです。

林真須美は今どこに?

工事中

事件発生当時、マスコミに「平成の毒婦」と呼ばれた林眞須美さんですが、その素顔は、子ども想いの明るいお母さんです。
マスコミはほとんど報じていませんが、和歌山カレー事件の裁判では、林眞須美さんを犯人と認めるには不合理な事実が数多く明らかになっています。

※マスコミでは「林真須美」と表記されることが多いですが、正しくは「林眞須美」です。

 

このサイトによると現在の住所は以下の通りです。

 

【林眞須美さんの住所】
〒534-8585
大阪市都島区友渕町1-2-5

 

※大阪拘置所です。

林真須美の自宅は豪邸?住所は?

林真須美は豪邸に住んでいたと言われています。

ヤフー知恵袋には、以下の記述がありました。

紀州出身です。
これで分かると思います。
http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E135.11.30.550N34.15.36.900
市内からだと、ぶらくり丁から北進、
突き当りを右折で有本方面へ、
六十谷橋を渡った所です。
主役が逮捕され自宅炎上、
この後に慰霊碑が建っていると思います。

今度、和歌山に行きますが・・・
今度、和歌山に行きますが・・・和歌山と聞くと、毒カレー事件を思い出します。あの現場はどこらへんなんでしょうか?園部地区というところまでは、わかりますが・・・そこから、具体的にこの辺りということ(地図上でこのへん?みたいな)がわかりません。教えてください。

 

林真須美は、なぜ 死刑執行されないか?

林真須美は、冤罪の可能性があり、死刑執行されていません。

ヤフー知恵袋に以下の記載もありました。

林真須美は自白をしていないし、警察や検察がここの所、ショボい仕事を連発してくれたから執行しにくい雰囲気は有るのかもしれませんね。
個人的には冤罪は絶対にマズいと思うので、林真須美については、待った方がいいかもしれないとは思います。
あの程度の顔面の中年女性はそこらへんをブラブラすればいくらでも居ますし、誰も悲しまないという事を言ってしまったら、そんな人世の中に一杯居るでしょう。
他の硬い死刑囚は居るでしょうから、優先的にする必要は無いようにも思います。
当時の事を思い出すと、マスコミは人権を重視しないろくでもない報道をしていたと感じますし、民衆はそれに煽られ一種のお祭り状態になっていた様な気もします。
警察の仕事がそのお祭りに引きずられた可能性は今となっては否定できない感じもあります。
真相は現在の私には全く分からず、当時林真須美を犯人と断定した証拠は信用できない警察が出した証拠のみだと考えると、一抹どころか、かなりの不安が残ることも事実と思います。

 

林真須美の血液型

林真須美の血液型が話題になったこともありますが、確かなことは分かりません。

以下のように記述しているサイトもありましたが、正しいかは不明です。

林 真須美 B型(死刑確定)

 

林真須美の夫

林真須美の夫は、林健治氏です。

シロアリ駆除会社を経営する会社の社長でした。

林真須美の息子の画像

林真須美には、娘が3人。息子が1人いる。

残念ながら、名前まではわかならかった。

現在(2017年)、子供たちは
長女・・・結婚して、二人の子供がいる。
長男・・・和歌山市内の運送会社に勤務。
三女・・・高校時代に法律の勉強をしているという情報があったので、法律関係の仕事をしている?

わかっているのは、三人だけです。

次女に関する情報はなし。

もちろん子供たちは母親である林真須美の無実を信じているそうで、三女が法律の勉強を始めたきっかけも、母を助けるためなのかもしれない。

 

子供は一般人なので画像はありませんでした。

林真須美の次女

次女が犯人と噂される理由は、『カレー鍋の前にずっといたから。』

詳しく説明すると、夏祭り当日、カレー鍋担当だった林真須美を向かいでずっと見ていた女子高生。

その女子高生の証言によると、
「白いシャツを着た、髪の長い太ったおばさん」
と語っている。

だけど、事件当日、林真須美は『黒いシャツで、髪は短かった』と証言している。

実は、女子高生が見た人物は林真須美ではなく、次女だったのではないかと言われている。
次女は林真須美と同じく、太っており、顔もよく似ていたそうだ。

このことから、次女が真犯人ではないかと噂されている。

林真須美の兄弟

過去、料理人の神田川俊郎さんが、よく林真須美と兄弟なのか?

というような噂があったようですね。

 

確かに、よく顔は似ているので兄妹と言われれば普通に信じてしまいそうですが、

実際のところはどうなんでしょうか?

 

いろいろと調べてみた結果、この噂は事実ではなく兄妹というわけではありません。

林真須美の絵

林真須美が描いた絵があります。

「死刑囚の絵展」で林真須美氏の抽象画『国家と殺人』が飾られています。

 

林真須美の保険会社

林真須美は、1990年 保険外交員となり、売上はトップクラスだったという。

ニッセイの元外交員だったようです。

 

一方、受け取った保険金については返還命令が出たようです。

98年7月に和歌山市で起きた毒物カレー事件で、第一生命保険(本社・東京都)が林真須美被告(42)=1審の和歌山地裁で死刑判決、大阪高裁に控訴=と夫の健治受刑者(58)=詐欺罪で懲役6年が確定=に高度障害保険金計7259万円の返還を求めた損害賠償訴訟で、和歌山地裁(礒尾正裁判長)は5日、真須美被告らに全額の返還を命じた。

判決によると、真須美被告らは86年、知人男性(41)と健治受刑者を被保険者とする2件の保険契約を同社と結んだ。その後、2人とも全身まひの障害を負ったと偽り、それぞれ3003万円と4256万円の高度障害保険金の支払いを受けた。

刑事裁判では、同社の契約2件は、真須美被告がヒ素を使った殺人未遂事件に関連する内容として検察の冒頭陳述に記載されたが、起訴はされなかった。真須美被告側は「2件は保険金詐欺として起訴もされていない」と主張。会社側は「起訴されていないのは時効のため」と反論していた。

真須美被告らに保険金返還を求めた訴訟は、同社を含む7社のうち、生保1社が和解。残る生保4社と損保1社については、一部を除いて返還を命じる判決が出ている。

冤罪の可能性

当初から直接証拠がなく、状況証拠の積み重ねだけで有罪とされたが、不自然な点が多く識者から冤罪を指摘する声も多く上がっていた。

「批判を承知であえて言えば、本人が容疑を否認し、確たる証拠はない。そして動機もない。このような状況で死刑判決が確定してよいのだろうか」(田原総一朗)。
「私のわだかまりも、この「状況証拠のみ」と「動機未解明」の2点にある。事件に、林被告宅にあったヒ素が使われたことは間違いない。ただし、そのヒ素に足があったわけではあるまいし、勝手にカレー鍋に飛び込むわけがない。だれかが林被告宅のヒ素をカレー鍋まで持って行ったことは確かなのだ。だが、果たしてそれは本当に林被告なのか、どうしたって、わだかまりが残るのだ」(大谷昭宏)。
「2審判決は「誠実に事実を語ったことなど1度もなかったはずの被告人が、突然真相を吐露し始めたなどとは到底考えられない」と言ったが、これは実質的に黙秘権侵害です」(小田幸児 – 林の1審、2審、上告審弁護人)
裁判で林の犯行と断定される上での唯一の物証で決定的な証拠となっていた亜ヒ酸の鑑定において、犯行に使われたとみられる現場付近で見つかった紙コップに付着していたヒ素(亜ヒ酸)と、林邸の台所のプラスチック容器についていたヒ素、カレーに混入されたヒ素が東京理科大学教授の中井泉による鑑定の結果、組成が同一とされたが、のちに中井は依頼された鑑定の内容は、林宅のヒ素と紙コップのヒ素とカレーのヒ素の3つにどれだけの差違があるかを証明することではなく、3つの試料を含む林宅周辺にあったヒ素のすべてが同じ輸入業者経由で入ってきたものだったかどうかを調べることだと理解し、それを鑑定で確認したに過ぎなかった。このため有罪の決め手となった3つの試料の差違を詳細に分析はせず、3つの試料を含む10の資料のヒ素がすべて同じ起源であることを確認するための鑑定を行っていたにすぎなかった。当然ながら、林が自宅にあったヒ素を紙コップでカレーに入れたことを裏付けるためには、3つのヒ素の起源が同じであることを証明しただけでは不十分であり、その3つがまったく同一でなければならない。弁護側の依頼で鑑定結果の再評価を行った京都大学大学院教授の河合潤により3つは同一ではないと評価された。
被告の次女は林死刑囚がカレー鍋の見張りを離れた時間が20分以上あり、他の人物が毒物を入れる機会はあったと主張している。なお、和歌山地方裁判所はこの証言を証拠に採用しないことを決定した。

 

 

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