勝又拓哉の栃木小1女児殺害判決、ツイッター、母親、義父、イケメン、DNA、台湾、冤罪

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勝又拓哉は、栃木小1女児殺害事件の犯人として逮捕された男。

栃木小1女児殺害事件とは (吉田有希ちゃん)、母親は病死

栃木小1女児殺害事件(とちぎ しょういちじょじさつがいじけん)とは、2005年12月に栃木県今市市(現:日光市)に住む小学1年生の女児が行方不明となり、茨城県常陸大宮市の山林で刺殺体となって発見された事件。 栃木県警、 茨城県警による正式な呼称は栃木・茨城にまたがる女子児童殺人・死体遺棄事件。

吉田有希ちゃんの母親は事件後、病死している。

勝又拓哉の生い立ち

1982年生まれ。台湾出身。今市市立(現日光市立)大沢小学校・今市市立(現日光市立)大沢中学校に通う。家族構成は 母親(台湾人)、義父(日本人。母親の再婚相手=のちに離婚)、台湾に祖母、兄弟。

偽ブランド品販売でともに逮捕・起訴された台湾出身の母親と今市市に暮らし、骨董市出店の手伝いなどをしていた。児童ポルノや猟奇趣味の画像データなどが自宅パソコンから多数見つかったと報じられたほか、ナイフを多数所持していた。子供のころは日本語に不自由し、友達も少なく、中学卒業後は引きこもりがちだったという。勝又拓哉は2009年5月に台湾から帰化している。

勝又拓哉の母親

勝又拓哉は母親に愛されて育ってきました。そもそも勝又拓哉は台湾の両親の間に生まれ、母親は日本人男性と再婚しています。

つまり、肉親となったのは母親だけになるので、母親からは物凄く愛情を注がれていたのでしょう。

勝又拓哉の義父

父親に関する情報はほとんどありませんでしたが、母親は、偽ブランド品販売などもしていた様で、勝又拓哉はそれを手伝っていたそうです。つまりこの偽ブランド品販売に関しては親子で共犯ということになります。

また、家族関係に関してはこちらからも読み取れます。

報道によると、勝又拓哉容疑者の家族は、早くから勝又容疑者が怪しいとみていたという。勝又容疑者の元義父(63)は、事件発生翌月の2006年1月には、その様子を不審だと感じた。

(中略)

母親に勝又容疑者が怪しいと明かすと、この母親は「黙ってろ」と怒ったともいう。

引用:栃木・女児殺害容疑者、「ロリコン・猟奇趣味」の素顔とは 元義父が「怪しい」と指摘したら、母親「黙ってろ」と怒る

このことから、父親はそもそも勝又拓哉に関してあまり良い目では見ていなかったのではないか?という部分、そして父親と母親の位置的に母親の方が強かったのではないか?という部分が浮かんできます。

更に「黙ってろ」と言った母親はもしかしたら勝又拓哉さんが犯人だということも予想していたのかもしれません。しかし、子供を守る為にこの様な発言をしたのかもしれません。

勝又拓哉はイケメン

栃木女児殺害事件の勝又拓哉容疑者は、まあまあイケメンなのになぜ彼女がいなかったんでしょうか。

また、彼女がいればあんな酷い事件を起こさなかったのではないでしょうか。

 

母親が台湾人で、彼は台湾出身で、日本にきたけど子供の頃は日本語が流暢に話せず、閉じこもりがちな少年だったようです。

それでコミュニケーションが苦手な性格になったのではないでしょうか。

いくら顔立ちは整ってても会話ができないのなら彼女は作れないですよ。

もし彼女がいれば…どうでしょう。

彼女や奥さんがいても猥褻なことをして捕まる人はいますよね。

勝又容疑者は、子供のときは日本語に不自由し、友達も少なく、中学卒業後は、引きこもりがちだったと報じられている。

時々カッとなるなど切れやすかったともいい、そうした性格が犯行につながった可能性はあるようです。

勝又拓哉は台湾出身

勝又拓哉は台湾出身です。まずそこから言語や、国籍という苦難があったことは想像出来ます。しかし2009年に日本に帰化しているので、法律上では日本人ということになります。

勝又拓哉は人付き合いや話すのが苦手なタイプでした。報道などはされていませんが、もしかしたらその性格から過去にイジメを受けていた可能性も考えられます。しかし、逆にイジメとは真逆の性格もあったのではないかとも考えられます。

勝又拓哉 ツイッター

勝又拓哉の名前のツイッターアカウントがありますが、本物かどうか分かりません。

勝又拓哉 本名

勝又拓哉は日本に帰化した台湾人。

本名は不明です。

勝又拓哉を透視した日光霊能者占い師A子

栃木県旧今市市(現・日光市)の小学1年生・吉田有希ちゃん(享年7)が殺害されて8年半の年月が経ったが、6月3日、事件は急展開をみせる。同県鹿沼市在住の無職・勝又拓哉容疑者(32才)が殺人容疑で逮捕された。

ようやく犯人が逮捕されたこの事件だが、発生当初は物的証拠に乏しく、迷宮入りも囁かれたほどの難事件だった。そして事件から半年後の2006年8月、手がかりがなく、困り果てた捜査員は、地元で名の知られた、ひとりの占い師・A子さん(49才)の元を訪れていた。A子さんは、初めて警察が訪れた時の様子をこう振り返る。

「8月中旬、まだ暑い日のことでした。栃木県警矢板署の刑事さん2人が、自宅まで来て、“捜査が難航していまして、透視していただけませんか?”って…。彼らは有希ちゃんの写真を持ってきていました。刑事さんは、私の透視能力の話を近所で聞いたみたいで、ぜひ今後の捜査の参考にしたいということで、うちに来たそうです」

日光市在住のA子さんは、自営業の夫と娘と共にこの地で暮らす主婦でありながら、幼いころから霊感が人一倍強く、地元では、知る人ぞ知る占い師でもあった。彼女は写真を見て手をかざすと、その人が目にした風景や考えていたこと、そして音声がテレビの映像のように、頭に流れこんでくるのだという。そんな彼女の“異能”を頼って、失踪者の捜索や除霊の相談など、日々、全国各地から相談者が訪れていた。

A子さんを頼った刑事たちも、また、これまでの相談者たちと同じように、“目に見えない力”に一縷の望みをかけていたのだろう。

「地元で起きたあの事件には、私も本当に胸を痛めてましたし、一日も早く犯人が逮捕されることを祈っていたので、自分が何か力になれるのならって、捜査に協力することにしたんです。それから3日間にわたって2人の刑事さんが通い詰め、有希ちゃんの写真をもとに、透視を続けました。有希ちゃんを連れ去った車がどんなルートで移動したか、殺害現場はどこなのか、使用された凶器はなんなのか、この3点を刑事さんは特に知りたいようでした」(A子さん)

当時、A子さんの透視で見えたものは以下のものだった。

●犯人は26~30才くらいの男性。目がくりっとして特徴的で、ほんの少し釣り目気味。髪の毛は耳が隠れるくらいの長さで、前髪を少し上にあげている。ヒゲはない。
●犯人は「たくちゃん」と呼ばれている。
●犯人が乗っている車は、ステーションワゴンのような形。有希ちゃんを連れ去った後は、日光市内の4車線道路を茨城方面に走り、その後、栃木方面に戻っているのだが、その際に迷走した。途中で、道路沿いの白い公衆トイレにも寄っている。
●車の中で有希ちゃんが泣き出したため、途中、日光市内の山道に入り、朽ちた家屋や廃車、壊れた家電製品、粗大ゴミが捨てられている場所で、有希ちゃんを脇に抱えて地面におろし、刃物で刺して殺した。方角でいえば、日光市内の東の方。刃物は両側に刃がついた特殊なものだった。
●犯人は、有希ちゃんを殺害した後、車の脇でメンソールのたばこを吸っていた。脱がせた衣類や靴は車の後部座席に置き、ランドセルは石を詰めて、どこか池のようなところに沈ませた。遺体は近くの水場で洗ったのか、傷口以外はきれいだった。

「透視で見えた光景について、若手の刑事さんは一生懸命にメモを取っていました。私が見た刃物の幅と、遺体の傷口が一致していると言っていましたね。遺体も洗ったか拭いたような跡があったそうです。そして、県内の地図を見て、どこの道路だろうか、とか、透視で見えた殺害現場の様子に近い場所を、刑事さんは探してくださいまして…。実際、私が感じた方角の市内の山中まで行き、遺留品などの捜索をしたそうです」(A子さん)

だが、このときは、残念ながら犯人に結びつく物証は出てこなかった。それでも、捜査員は山中の現場で廃屋や家電ゴミなどがA子さんの言った通りの場所にあり、一様に驚いていたという。

それにしても衝撃的なのは、彼女はこの時点で「たくちゃん」という呼び名を警察に伝えていたことだ。容疑者の名前は“拓哉”であり、目の特徴、髪の毛、髭の有無などもピタリと言い当てている。

今回、女性セブンがA子さんを取材したのは、勝又容疑者の逮捕後。彼女はすでに報道された勝又容疑者の情報を得たうえで、当時の透視エピソードを改ざんして話しているのではないか。そんな疑問が生じるかもしれない。

しかし、A子さんがきちんと透視で言い当てていた証拠と証言がある。2007年12月、事件発生から2年目ということで、朝の情報番組『スーパーモーニング』(テレビ朝日系)が、この事件の追跡特集を組んでいた。

取材の過程で、「捜査員が頼った占い師がいるらしい」という情報を知った番組スタッフは、実際にA子さんにインタビュー。今回、女性セブンに明かしてくれた透視結果の一部を番組に出演し語っているのだ。当時の番組ディレクターがこう証言する。

「あのとき、われわれは改めて、A子さんに透視していただいたんですが、“犯人は『たくちゃん』と呼ばれています”と、はっきり言っていました。だから今回、犯人逮捕の一報が出て、“勝又拓哉”という名前を聞いたときは、腰が抜けるほど驚きました。事件が未解決だった当時、その名前までオンエアすると、事件現場付近の同じ名前のかたたちが周囲に犯人扱いされてしまう危険性もあり、いわれなき差別を助長する、という判断もあって“たくちゃん”と言っているシーンはカットしました」

さらに、「犯人は正社員ではなくアルバイト暮らし」とか「犯行時の車と今乗っている車は違う」とか、その時の透視で新たに見えてきた情報もあったという。勝又容疑者は無職で、車も犯行時に乗っていたワゴン車は翌年にスクラップにしていたことも今では判明している。

※女性セブン2014年6月26日号

栃木女児殺害 捜査協力した霊能者は犯人の名前を言い当てた
 栃木県旧今市市(現・日光市)の小学1年生・吉田有希ちゃん(享年7)が殺害されて8年半の年月が経ったが、6月3日、事件は急展開をみせる。同県鹿沼市在住の無職・勝又拓哉容疑者(32才)が殺…

勝又拓哉 公判

公判で勝又被告は、警察官から「有希ちゃんを殺しましたと言うまで寝かせない」「殺してごめんなさいと50回言わないと晩飯抜きだ」などと自白を迫られたと述べている。「自白すれば罪が軽くなる」といった利益誘導があった、とも主張している。これもまた、取り調べ時の録音・録画がなく、事実を確かめられない。

情状などに関する審理では、有希ちゃんの伯母が証人として出廷。「絶対に許せない。極刑を望みます」と心情を語った。伯母は、昨年5月に病死した有希ちゃんの母親の姉。「(母親は)心労が重なり亡くなった」と証言。「なぜ、有希が死ななければならなかったのか何も分からないまま亡くなった。毎朝血圧を測ることを日課にし、万全の準備をしていたと思う」と、裁判開始を待ち望みながら、この場に立てなかった母親の無念さを伝えた。

勝又拓哉は冤罪か?DNAは?

2005年に栃木県今市市(現日光市)の小1女児(当時7)が殺害された事件で、女児の右目の下に粘着テープをはがされたとみられる傷があり、その周囲から勝又拓哉被告(35)=殺人罪などで一審無期懲役判決=でも警察関係者でもない第三者のDNA型が採取されていたことが朝日新聞の取材でわかった。

女児の頭についていた粘着テープからも別の第三者のDNAが発見されていますが、こちらは検察側が粘着テープの指紋検出のために、ハケやピンセットを使いまわしたので、捜査関係者の不特定多数のDNAが付着した可能性は否定できない、としています。

これらから、勝又拓哉は冤罪の可能性があります。

勝又拓哉の判決は?

8月3日に東京高裁で予定される判決には、「期待で胸がいっぱい。無罪しかない」と言い切る。無罪が出たら、逮捕後に亡くなった祖母の墓前に「真実が明らかになったよ、と報告したい」と語った勝又被告。有罪の場合は「すぐに上告し、最高裁まで闘って絶対に無罪を勝ち取る」と語気を強めた。

 

 

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